今回は以前にも少しだけ話しましたが僕が毎月行っている『一心の海への恩返し』という活動を紹介したいと思います!まず、この活動は僕が自分を見つめ直したいという所から始まりました。 色々な経験や体験をしてステージの上で表現し発信したいと。最初は何をして良いのか全くわからずただただ考えるだけでした。学生の頃は答えのある問題を解くのに、歳を重ねると答えの無い問題を考えないといけない。まず最初に思った事は誰に
今、世界は、各国ごとに観光産業を非常に重要視している。世界各国は、観光客の誘致に全力投球して、限りない観光競争を繰り広げている。これにより、国際観光客の数が急速に増え、国際観光市場が驚異的な規模に成長している。外国人観光客から得た収入だけで都市全体の経済が回り、国家経済の重要な基盤となる国が生まれている。中国観光客がいない韓国の明洞、南大門、東大門、済州島を想像してみると、答えは明確だ。世界11位の
ずいぶん昔のことだ。故・金大中元大統領のノーベル平和賞を推す動きが世間の注目を集めた頃、本を買いに光化門の教保書店に立ち寄った。その日はドアを開けて左の壁に掛かっていた写真がふと目に入った。普段は何気なく通り過ぎるのだが、その時はなぜか目が向いた。ノーベル平和賞受賞者の写真だった。その写真を見て心の中でつぶやいた。“1901年からノーベル賞の授賞が始まったが、韓国では誰一人として受賞者がいないのか”
日韓中に今、必要なのは異文化コミュニケーション李大義(国際経営専攻・商学博士) 都会であれば、エスカレーターに乗る機会が少なくない。先日、私は久しぶりに名古屋から大阪を訪ね、何気なく立ち止まりながら速やかに左側に乗った。ふと気づいたら、急いでいる人の邪魔をしていた。東京や名古屋では左側に立ち止まり、右側には急ぐ人のために空けておくが、大阪では逆で右側に立ち止まり、左側を急ぐ人のために空けておく。こ
韓国の本のブックカフェに行きました 久しぶりにライフワークの日韓友好活動のお話です。今日は東京の水道橋で日本禁煙学会の理事会があったのですが、それが終わってから、神保町に7月7日にオープンしたばかりのチェッコリという韓国の本のブックカフェに行きました。 オープン以来、毎日のように特別イベントがあり、今日は韓国語学習者にとってあこがれの、NHK国際放送局アナウンサー(韓国語担当)、イム・チュヒ先
順天湾庭園に隠された順天人の自尊心!八馬碑順天市永洞(ヨンドン)1番地。ある一角に居座る八馬碑が通り行く人の足を止める。高麗時代、忠烈王の時代、順天府使チェ・ソクが内職に発令されると、住民達は風習に従い馬八頭を府使に贈った。最近に置き換えると賄賂とでも言おうか。 府使は一頭が子馬を産むと九頭全てを再び住民達に送り返し、それ以降はこのような弊習が消え去ったという。この八馬碑は最初の
天皇になった百済の王子達(4) - 落花巌の悲劇白江戦闘(白村江の戦い)は660年、唐・新羅連合軍による泗沘城陥落の延長線上で行われた百済の悲劇でした。百済と新羅は両立する事が出来ない長年の宿敵であり、中国の伝統的な外交政策は遠交近攻政策でした。以前より、新羅のキム・チュンチュは唐へ事大し、百済攻撃を執拗に要請しましたが、唐もまた南朝鮮に事大する百済が目の上のコブでした。この点で、新羅と唐の意図が完全に一
天皇になった百済の王子達(3) - 白村江の戦い下関の名物の一つ‘平家蟹’があります。この蟹の胴には人の顔の形をした模様がありますが、海に落ちて亡くなった平家の霊達が蟹となって、当時の苦しみを訴えているのだという話が伝承されています。平家の祖先である数多くの百済人も同じ悲劇を白江戦闘(白村江の戦い)で経験しました。660年9月5日、倭の朝廷は百済領土の主要地域が唐・新羅の連合軍によって陥落したという便りを掴
数年前、私は70年ぶりに下関を訪問しました。狭い関門海峡に激しい潮流が流れるところを見て、‘時が過ぎ去るのは流れる水と同じだ。昼夜休まないから’という孔子の言葉が思い出されました。1719年、ここを訪問した朝鮮通信使の一人であった申維翰(シン・ユハン)の紀行書‘海遊録’には、意外な内容が記録されています。‘三国史記’には新羅が建国以来、一般的に倭の侵犯に苦しめられたと描写され
韓国と日本は長い間交流してきました。特に、古代国家時代には朝鮮半島出身者が日本国の王になる事もあり、日本国出身者が半島の王になったりもしていたという事です。なぞ掛けのような歴史があります。そのような歴史があるにもかかわらず、韓国と日本は不便な関係を維持しているのは誠に残念な事です。本当に近く遠い国のような感覚です。この最近40年間の韓日研究を集大成した金容雲(キム・ヨンウ
皆さんこんにちは!毎度お馴染み一心です。今回は4月に行われた韓国ツアーを紹介します!日本から来て頂いた方々とソウル集合ソウル解散という世界を股にかけた待ち合わせですね。どんな場所に行ったかというとこちらをご覧ください。4月10日龍山 → 羅州王仁博士お祭り会場へ夕方に着いたのですが色々な屋台があり、食べ過ぎました。4月11日霊岩陶器博物館第4回大韓民国建物博覧会見学ときめき成均館スキャンダルロケ地見
今回は日本の観光名所の一つ、東京にある浅草という場所を紹介したいと思います。浅草は日本の伝統的なものが沢山あります。落語などの芸能も浅草発祥とも言われています。まず浅草に着いて目の前に飛び込んで来るのはこれ雷門。浅草に来る人達は皆この雷門で待ち合わせをするので、待ち合わせスポットとしても有名です。そしてこの提灯をくぐると日本的な雰囲気満載の通り仲見世通りで日本の伝統的なお土産や工芸品を買う事が出来
3月11日。この日は、この時代に生きている全ての日本人が決して忘れられない日です。東日本大震災。2011年3月11日それは起こりました。誰も経験した事の無いような地震、そして数分後誰も想像もしていなかった津波というそれが数万人の人生を変えました。数えきれない程の尊い命が一瞬にして奪われ、4年たった今でも行方不明の方々が多く居ます。この出来事を決して忘れてはいけないとずっと思っていました。今年決心をして僕は自
皆さん、こんにちは。春の予感を感じれるようになった今日この頃、如何お過ごしですか?今回は日本の文化の一つとも言える春の風物詩、桜を紹介したいと思います。桜と言う花は一年の中で春の時期の約一週間だけ咲いては散ってしまう、儚くも美しい花です。その桜の歴史は古く、日本で言うと江戸時代からあります。でも根源はヒマラヤなんですよ。日本ではその儚さもあってか特別視されている花です。中でも京都の上賀茂神社は有名
人類の進化が予測より早く進んでいる。過去の変化速度よりも速い速度で進む進化に、取り残されている種は新秩序に適用できず淘汰されている。多くの学者達は、人類の第三進化である‘ホモ・モビリエンス’(Homo Mobilians)に注目している。人類学者達が分類している人間の進化のうち、第一段階とはDNAの突然変異によるダーウィン式一次進化を指している。そして、第二段階は人類固有の変化方式である学習を通じた二次進化を意
ノブレス・オブリージュと韓国のエリートを考えてみると、もどかしい気がする。果たして韓国社会のエリート達は、誰なのか?そして、彼らに正しい人間性を期待するのは無理なのか?ニュースによれば、政府では学生達に大々的な人性教育をする予定だというが、筆者の考えは、エリート達が先に人性教育を受けなければならないと思う。韓国社会のエリート達は、権力があったり、有名人達には過度に親切だが、弱い者、力がない者には傲
異国の地の三景なら、満ちた霜/ 親がため息つく夜明けの月/ 血の涙でひとつひとつ看羊録を記する / を描いたことが海となり空に届くのではないか。チョ・ヨンピルが歌った「看羊録」です。切ない歌詞に心の底から絞り出すようにわき出る激情を込めた歌でTVドラマの主題歌でもありました。この看羊録の主人公が、まさに朝鮮王朝の中期の官人で号は睡隱の姜沆です。 全南霊光郡沸甲面で生まれた姜沆は、世祖の時の文章家で姜希孟
김영일(キム•ヨンイル) 雅号 海星•雪中梅、月刊文芸思潮当選(エッセイ)、韓国文人協会会員、韓国文学の世界名誉理事長、国民権益委員会 文の志同人会長、韓国サイバー文人協会会長受賞:大韓民国デジタル文学賞、大韓民国ベスト作家賞、大韓民国文化芸術賞、韓国文学の世界文芸大賞(文化芸術賞)、海外文学賞著書:香りを抱いたラッパの音、冷たいところにも花は咲く、簡単に学ぶエッセイ創作法1、2のほか多数発
第8回風景を込めて味を出す- にしんそば松葉 京都の中心祇園の入り口、京都の名物である歌舞伎劇場の隣に松葉という4階建てのそば家が立っている。この店は京都の名物だ。毎年12月31日の夜12時になると、この店には3千名ものお客さんが群がって来るのだ。日本では除夜の夜12時になると年越そばを食べる風習がある。すなわち今年1年の運が来年まで長く続いて欲しいという意味で長いそばを食べる。この店の創業は1860年、1代目の創
UNは北朝鮮の核の脅威に戦略物資取り引きの禁止と海外資産凍結で対抗した。これは、アメリカが1941年、真珠湾攻撃の直前、日本軍の中国からの全面撤退を条件にイギリス、中国、オランダと共に、ABCD包囲網を構築して軍需物資の禁輸と海外資産の凍結断行の再演だ。民族(国家)的な危機には間違いなくその原型(集合的無意識)が発動する。アメリカ人は相手に先に銃を取るように誘導して、その手が触れる瞬間撃つ西部劇のシーンに拍