文:佐藤行衛

1990年代、私が初めて「プデチゲ」を食べたとき、「鍋にインスタント・ラーメンが入っている!」と驚きの声を上げたのだが、もうひとつ驚いたことがあった。それは、鍋の中にスパムが入っていたことだ。
日本人の感覚として、鍋料理にスパムが入っているというのは、なんともミスマッチ。ところが以外や以外、辛い鍋とスパムとの相性は抜群で、「ええっ、スパムってこんなに美味しいの」、私は再び声を上げたのだった。
スパムとは商品名であり、アメリカのホーメル食品(Hormel Foods Corporation)が1937年に生産を始めた肉の缶詰である。本来は「ランチョン・ミート(luncheon meat)」という食べ物だ。ソーセージの材料を金型に詰めたもので、昼食のメニューに用いられたことから「ランチの肉」の意味でランチョン・ミートと呼ばれるようになった(「lunch」は「luncheon」の省略形である)。
豚肉を基本に、ラード(豚脂)、塩、その他香辛料や調味料を一緒に裁断機にかけ、長方形の缶に詰め、密封して加熱殺菌する。普通の肉類の缶詰では、加熱料理加工した肉を缶詰にするが、スパムの場合、生の状態で肉を充てんし、加熱殺菌と同時に調理するという特徴がある。
スパムの嗜好に関しては、国や地域によってかなり違う。アメリカ本土や英国では、まさに「不味い食べ物の代表」といったイメージだ。英国の有名なコメディ番組『モンティ・パイソン(Monty Python)』にこういうのがあった。
ある大衆食堂のメニューが、「卵とスパム」「卵とベーコンとスパム」「卵とベーコンとソーセージとスパム」「スパムとベーコンとソーセージとスパム」と、すべてスパムばっかり。それでスパム嫌いの御婦人が癇癪を起こすと、店内にいた人たちがみな「♪スパム、スパム、スパム、スパム…」と大合唱を始め、食堂はわけのわからない状態になるというナンセンス・ギャグ。この話が、インターネットでの迷惑メールを表す言葉「スパム・メール」の語源になったという。
だが一方、ハワイとグァムは、スパムの消費量がもっとも多い地域として知られている。ハワイには、「スパムむすび」という、大きな寿司のような、ご飯の上にスライスしたスパムをのせ、海苔で巻いた食べ物がある。もはや完全にハワイの郷土料理として定着していて、大変人気のある一品だ。
沖縄でも非常によく消費される食材で、沖縄の郷土料理にも使用されている。ハワイといい沖縄といい、ミックス・カルチャーがその土地に根付いた、いい例であろう。
そして韓国である。スパムの消費量世界第二位。デパートの贈答品売り場には必ず、スパムの缶詰の箱入りが売っている。値段もそれなりだ。韓国では、スパムは高級食材のひとつなのだ。さらには鍋に入れるという食べ方の発明。本家アメリカ人も知らなかったであろう、スパムの美味しさを引き出した韓国は、まさにスパム天国だ。

韓国でスパムに囲まれて過ごしているとき、はたと気づいた。「んっ、日本にも似たような肉の缶詰があったよなぁ」
しばらくして思い出した。「コンビーフ(corned beef)」である。そういえば韓国では見たことがない。
コンビーフとは、塩漬けにした牛肉の塊を蒸してほぐし、食用油脂、香辛料、調味料などを混ぜて再び固めた缶詰である。肉が細かい繊維状になっていて、そのひとつひとつが油脂で固まっている。箸でつまむとボソッと崩れる。スパムより脂肪分が少なく、塩分もスパムの約半分である。
コンビーフはスパムより歴史が古く、アメリカの南北戦争(1861年~1865年)の頃に生まれ、さらに第一次世界大戦(1914年~1918年)で軍の携帯用食料として常備されるようになり、各国で重宝されてきた。
コンビーフ、子供の頃好きだったなぁ。遠足や山登りのときによく持っていった。これが一缶あれば、あとは白いご飯だけでOK。なにしろ牛肉だから。私が子供の頃は、牛肉なんて高くて食卓に上がることなんかなかった。だが、缶詰なら手軽に食べることができた(それでも他の缶詰より高価だったが)。それゆえ、牛肉ってずっとこういう味だと思っていた子供時分である。
1970年代に若者達の間で爆発的な人気のあったTVドラマ『傷だらけの天使』の毎回のオープニングで、主人公が缶を開けたままコンビーフをまるかじりするシーンがあった。これが、美味そう~って、みんな真似したものだった。
どうして、韓国にはないんだろう…コンビーフ…。