著者:佐藤行衛

▲ チェユクポックム
▲ チェユクポックム

チェユクポックムは、大衆食堂の定番メニューであり、家庭料理としても頻繁に作られる一品だ。豚肉の甘辛炒め。スライスした豚肉をコチュジャンのタレで和えた後、フライパンで野菜などと一に炒めて食べる料理。ご飯とともに食べるチェユクトッパプ()もある。

チェユクポックムの「チェユク」とは豚肉のことだ。漢字語の「豬肉(チョユク)」の音が化して「チェユク」になったという。その化がいつごろ起きたのかはわからないが、1924年に出版された小に、酒のつまみにチェユクを食べるシンが描かれているので、少なくとも日帝時代には化していたといえる。ただこれが、料理名なのか、豚肉そのものを指すのかはわかっていない。

豚肉をくという料理は朝鮮時代からあったし、料理名の語源から考察すると中の料理が元なのかもしれない。ただし、フライパンが普及するのが日帝時代になってからなので、その頃から現在の姿になっていったものと思われる。後述するが、日本の生姜きは日帝時代以前にその形が完成していたので、その影響もあっただろうことは十分に考えられる。

1960年代以降、チェユクポックムのレシピは新聞などでたびたび紹介されてた。ただしこれはあくまでも家庭料理のひとつとしてであり、外食のメニュに見ることはほとんどなかった。

食屋(粉食店)でチェユクポックムの名前を見るようになるのは、実は1990年代に入ってからである。それまでの食屋は、ラーメンなどの麺類や餃子、そしてトッポッキなどが基本メニュであり、ポックンパプ(炒飯)などのご飯ものはっていなかったのだ。

これは韓の食文化の推移と連している。そもそも外食は、ハレの日の特別なイベントであり贅であった。やむを得ない理由で外で食事をとらねばならないときは、食屋を利用し簡な料理でませるというのが一般的であった。

それが1980年代後半以降、韓国経済の右肩上がりの成長に伴って、人は外食するようになっていく。お弁が外食に、生食堂から街の食堂へ。外食は、贅品でもなく、間に合わせでもなく、普通に一食を食べることとなり、食屋でもチェユクポックム定食などのメニュが定着するようになったのであった。

▲ 生姜焼き
▲ 生姜焼き

さて日本には、赤くないチェユクポックムがある。「生姜き」だ。

生姜きは、チェユクポックム同、食堂での定番メニュであり、家庭料理としても頻繁に食卓に上がる。豚肉を生姜油ソスで和えた後、フライパンで野菜などと一に炒めた料理。これ、コチュジャンが生姜油ソスにわっただけだ。ただし、チェユクポックムのレシピに生姜や油が入ることはあるが、生姜きにコチュジャンを使うことはない。

生姜きは、別名「スタミナき」とも呼ばれる。なぜ、スタミナか? 豚肉はビタミンB1を多く含み、ビタミンB1には疲回復果があり、生姜は、食欲進や疲回復に役立つほか、解毒、保湿、消炎作用などの果がある。生姜きを食べれば、スタミナがつくわけだ。

肉の臭みをとるために生姜を利用するということは大昔からあったが、生姜きという料理は、1913年出版の料理本に、現在とほとんどわらないレシピが載されているので、その時点ですでに完成した料理であった。

それを商業的にめたのは、東京の銀座に現存する老の料理屋『[ぜにがた]』だ。昭和26(1951)創業である。

開店のための準備期間中、料理長がメニュ究をしていたとき、店長がその中に生姜きがあるのを見つけ、食べてみたところ、あまりもの美味しさに驚いて、開業初のメニュに加えた。時はトンカツが一番人だったが、「白いごはんに合う」と生姜きの注文がどんどんえてゆき、遂には看板メニューとなった。

それでも生姜焼きは、1980年代まで東地方周のロカルメニュだった。それが、お弁のおかずや、食堂や出前などの「生姜き定食」として徐に知名度があがり、全展開のチェン店などの外食産業の達によって、今では日本中で豚肉料理の定番となっている。

ところでどうして生姜きは豚肉なのか。牛やではだめなのか。は、牛肉で作ると牛肉の匂いの方がくなり、肉で作るとこんどは生姜の味の方が勝ってしまうのであった。

チェユクポックムと生姜き、どちらも最近大衆化した、庶民のための美味しい定番料理なのだ。

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